2009年11月 5日
日本人留学生射殺事件
事件の概略
1992年10月17日、ルイジアナ州バトンルージュにAFSを通じて留学していた日本人の高校生が、ハロウィンパーティに留学先のホストブラザーと出かけた。しかし、訪問しようとした家と間違えて別の家を訪問したため、家人ロドニー・ピアーズ(当時30歳)から侵入者と判断されてスミス&ウェッソン社製の.44マグナム装填銃を突きつけられ、「フリーズ(Freeze「止まれ」の意)」と警告された。しかしながら服部は「パーティに来たんです」と説明しながらピアーズの方に進んだため、2.5mの距離から射殺された。
その後の経緯
ピアーズは、日本の刑法では傷害致死罪に相当する計画性のない殺人罪で起訴されたが、同州の東バトンルージュ郡地方裁判所陪審員は12名(白人10名、黒人2名)全員一致で無罪の評決を下した。評決の理由は裁判において、明らかにされていない。ルイジアナ州の法律では、屋内への侵入者については発砲が容認されているが、服部は屋内に入っていない。この裁判の場合、傷害致死罪を適用するのは最初から無理があり、無罪評決は正当防衛を認めたものか、傷害致死罪の構成要因を満たしていないと陪審員が判断した結果なのかは不明である
この後行われた、遺族が起こした損害賠償を求める民事裁判では、刑事裁判とは正反対の結果となった。ピアーズが家に何丁も銃を持つガンマニアであり、しばしば近所の野良犬や自宅敷地内に入ってきた犬猫を射殺しており、当日は酒に酔っていたことなどが実証されたため、正当防衛であると認められないとして65万3000ドル(およそ7000万円)を支払うよう命令する判決が出され、同州高等裁も控訴を棄却したため確定した。
服部の両親はAFSと友人たちの協力で「アメリカの家庭からの銃の撤去を求める請願書」に署名を求める活動を開始、1年余で170万人分を超える署名を集めた。1993年11月、当時のアメリカ大統領、ビル・クリントンに署名を届けるために面会した。服部夫妻がワシントンに滞在していた間に、アメリカにおける銃規制の重要法案であったブレイディ法が可決された。
事件の背景
米国には銃で自らや家族を防衛することを容認する文化が存在し、連邦最高裁は2008年に、権利の章典は個人の銃所持を認めているという見解を出した。このような社会においては、他人の敷地に許可なく侵入することの危険性、射撃の警告を受けた場合の対処の仕方(例えば警官に職務質問等において警告を受けた場合、絶対身体を動かしてはならない)等のアドバイスが外国人に対して必要ではないかという指摘もある。
また、銃社会アメリカに固有の文化に対する干渉への心情的な反発にも配慮する必要がある。すなわちこれが高じれば被批判者よりエスノセントリズムに立った文化批判と受け取られかねなく、慎重な対応が求められる。実際、上述の服部夫妻による銃規制運動もアメリカ国内では賛否両論があった。しかしながら、困難を極めたブレイディ法の成立に服部夫妻の運動が影響したことは当時の一般的な見解であった。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
この事件でアメリカの銃社会の実情が浮き彫りになったと聞いたことがあります。
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